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「今日ね、お風呂の番だったんだ。お風呂に入れたのは小さなおばぁさんなんだけど、その人の背中を流している時に、なんだか涙が出ちゃってさ。

自分の母に、こんな事してあげられなかったなぁって。なんだかその人の背中が自分の母の背中に思えて、ありがたくってさ、涙が出そうで困っちゃったよ。

ちっちゃいんだけれど、重い人でね、私が悪いんだけどちょっと腰をぶつけちゃったのよ。その人、普段ならそんな事あったら大きな声で怒る人なの、絶対に許さないって。

それなのに、いいから、私が重くてゴメンネって、何度も何度も言ってくれてね。私のゴメンねと、その人のいいからが共鳴し合っちゃってさ。

お風呂の時に、いつもなら居てくれる人が忙しくって居なくって、その人が帰ってきてからこんな事あったんですよぅと報告すると、そのおばぁさんが、私が悪いんだからってまた私をかばってくれてさぁ。

いつも、大きな声で怒る人なのに、その人がお風呂の中で言ったの、私はこのグループホームで暮らせて幸せだって、私も思った、私も幸せだなぁって、こんな所で働くことが出来て。

自分の親にしてやれなかった事を、今ここでこうしてやらせてもらっている事で、どれほど自分が癒されているかって気づいたんだ。

小池さんが書いてた事があったじゃない。自分達介護職が、子供であるあなた達の役割を奪ってしまってゴメンネって。

私、あの言葉が大好きなんだ。ほんとだよねぇ。もう、二度と親の背中を流すことも、お風呂に入れてあげることも出来ない。それなのに、目の前のおばぁちゃんたちが、私の母になって、私が親にしてやれなかった事をさせてくれる。

親を思って、涙がでる。やってあげたかったなぁ、自分の親にも。そう思って、淋しさとあったかさが、自分の中から溢れ出てきてさぁ、

本当に、いい仕事だよねぇ。この仕事に着くことが出来て、私は本当に幸せだと思うんだ。」

食いつなぐために始めたグループホームでのパート。仕事帰りに電話をくれる六十代の親友。

親の介護と看取りに十分な時間とチャンスをもらえなかった人達が、やり残した淋しさを抱きしめながら生きている

親というのは、死んでからこそ、何度も何度も思い出すものなのだと、私も実感している。